お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

    “豆まきは大騒ぎ♪”


この冬一番の冬将軍の到来と、
一月の末辺りからあちこちで予告されたのは伊達じゃあなくて。
豪雪地域では二階家さえ埋まりそうなほども、
重たい雪がどっさりと降りしきり。

 「どこも雪下ろしや雪かきが大変だそうですよ。」
 「そうだろうな。」

お年寄りしかいないような、
文字通りの寒村が多いところもあろうにと。
執筆のおりに掛けておいでのメガネを少しほどずらし、
手元へ広げた新聞を読んでいた勘兵衛が。
仔猫をお膝に乗っけ、
そちらさんはテレビのニュースを見ていた七郎次のお声で顔を上げ、
大型画面に映し出される白銀の世界を、
ややもすると憂れうるように双眸ひそめて眺めやる。

 「だがまあ、さすがは立春で。そろそろ一段落するらしいが。」
 「そうなんですか? それはよかった。」

都内でも一昨日までは時折吹雪くほどの雪に見舞われたが、
今日は陽も照っての、屋内にいる分には暖かで。
そんな中でくるんと小さな肢体を丸めておいでの黒猫さんは、
金髪のおっ母様の温みと匂いがお好みか。
お台所仕事だのお洗濯だのが片付いて、
コタツに戻って来ると。
それまでは勘兵衛のお膝を久蔵ちゃんと取り合いっこしていたものが、
あっさり見切っての飛び降りてしまい、
にゃおうvvと擦り寄ってゆく切り替えの素早さよ。
うっかり動くと振り落としてしまいそうな、そうまで小さい仔猫さん。
お昼ご飯に炊き立てご飯のしらす和えと、
マグロの佃煮をひとかけいただき。
それでお腹がぽんぽこりんになったものか、
七郎次の膝に乗っかって、
居場所が決まるとすぐにも目に糸を張ってしまい、
くうくうと眠ってしまったようであり。

 「今日はいつにも増して眠そうですよね。」

勘兵衛の側のお膝に陣取る先輩格、
キャラメル色の毛玉さんこと、メインクーンの久蔵の方も。
壮年殿のお膝を独り占めしたくての、
えいえいというちょっかいの手を出し合っていたお相手、
クロがすんなり場を移ってしまうと、

 「………みゅう…。」

やはりやはり、その小さな身を丸め、
ぽわぽわの毛玉のようになって、
大人しく眠ってしまったようであり。

 「二人とも可愛いったらないですよねぇ…vv」

丸くなってしまうと
どこが頭でどこが尻だかも判りにくいクロちゃんも、
そのつややかな毛並みの端っこで
時折ゆらん・ぴょこたんとお尻尾が揺れるのが
得も言われず可愛らしいし。

 「にぃみぃ…。」

よほど深く寝入ったものか、
勘兵衛のお膝で大胆にもころんちょと寝返りを打ったらしい久蔵の、
金髪の乗っかった頭が、
コタツの天板の向こうにちらりと見えた七郎次。

 「頭をぶつけやしませんか。」
 「うむ、大丈夫だ。」

何せ彼ら二人には、
仔猫の久蔵ちゃんが5歳くらいの幼子に見えているがため、
そんな狭いところでコロンなんて転がったなら、
頭だの手足だのぶつけること間違いなかろうにと
ついついひやりとしてしまう。
自分のお膝に注意しつつ、ちょいと身を延ばして、
今日はお向かいに座した勘兵衛の方を見やった七郎次だったが。
よほどのこと熟睡しているからだろう薄く開いた口許や、
前髪が反っくり返ったそのまま上へとこぼれ、
おでこが全開になっているお顔の稚さへ、

 「〜〜〜〜〜〜〜〜。////////」
 「七郎次、クロが何事かと起きないか?」

撫で肩が震えているのは、
可愛い可愛いとの身もだえのせいに他ならず。

 「だ、だって勘兵衛様。久蔵ったら、なんて可愛いのだかvv」

思えば、勘兵衛との二人暮らしをしていた間は、
売れっ子小説家の有能な秘書として、
常に きりりと…若しくは余裕のあるお顔でいた彼だったのに。

 “あれが、取り繕った背伸びだったとも思えぬが。”

今だって、その仕事ぶりは緻密にして行き届いているし、
出版社の編集さん以外にも、
家作を巡るすったもんだの騒ぎを起こす輩を相手に、
裁判所へ行っての交渉も辞さぬとの凛々しさも変わらぬ彼で。
それと同時に優しく繊細な気心も持ち合わせちゃあいたけれど、
それがこういう…愛想たっぷりな方向のものへ転じようとは。
さしもの勘兵衛とて想いもよらなかった運びであり。

 「昨夜は ずんとはしゃいでおりましたものね。」

そう。昨夜は節分、鬼追いの晩で。
イワシを焼いたり、最近広まりつつある西の風習、
恵方巻きこそ作りもするものの、
それ以上は特にこれという習わしをするでもなかったものが。

 「カンナ村のキュウゾウくんも一緒になって、
  殻つき落花生を追い回して、そりゃあにぎやかでしたものねvv」

遠くて近い、ちょっぴり理わりの違う世界のお友達。
そちら様は久蔵とは逆様に、
金髪に赤い双眸、色白な肌、すんなりとした腕脚と肢体という、
すっかりと人の和子の姿をしつつも、
猫のお耳と可愛らしいお尻尾を持ち合わせている少年で。
こちらほど物質文明が進んではないらしい世界で、
だが、だからこその伸び伸びと豊かな心根を育まれておいでの男の子。
最近では先で侍になるのだという決意の下、
やっとおの修練に励んでもおいでで。
そんなこんなでお忙しいのか、
遊びに来る頻度もやや減りつつあったのだが。
昨夜は久々、
カンナ村の美味しいお餅をお土産に、遊びに来てくれて。
こちらでの“豆まき”にも付き合ってくれたのだが、

 『あ、久蔵、そっちに転げてるぞ?』
 『にゃっvv』
 『クロちゃんにも捕まえさせてやんないと、可哀想だよぉ。』
 『みゃうにぃvv』

小さな仔猫二人、動いているものへついつい注意がいくのだろ、
他にも先に放ったのが転がっているというに、
新たに放られたのへばかり突進してゆくものだから。
見るからに小さな二人、同じのへと殺到しての、
絡まり合うよになって取り合いっこをしている様が、
見ていて微笑ましい…を通り越し、
腹筋が痛くなるほどに、そりゃあもうもう可笑しくて。

 『こちらの世界ではこういう豆を撒くのか?』
 『あ、ああいえ。本当は炒った大豆を使うのですが。』

そうか、じゃあカンナ村と同じなんだなと。
屈託なく微笑った、
久蔵坊やにそっくりの、でもちょっぴり大人びて来たお兄ちゃん。
小さなお手々に捕まえた落花生をどーじょと持って来た、
こちらの小さな久蔵をお膝に乗り上げさせてやり、
いい子いい子とあやす様子もなかなかに様になっていて。

 “ウチの久蔵も、
  あんな風にしっかり者なお兄ちゃんへ育つものだろか。”

待ち遠しいような、
いやいや、いつまでもこのまんまでいてほしいような。
小さなクロちゃんという弟分を迎えてなお、
やんちゃなばかりの坊やなんだというに、
母上の思惑は、
少し先へと行って来たり戻ったりしておいでであるらしく。
そして、

 “そっちへ向いておるのなら。”

節分の豆に込められし“にわか信心”に追われた小者の邪妖を、
迷い出た夜陰の中にて、妙な合体、してしまわぬようにと。
咒弊やら精霊刀もて、夜通し追い回していた誰かさんたちでもあり。
だったから眠そうなんだという“現状”へは、
なかなかに気づくまいよと。
こっそりと苦笑していた勘兵衛だったりして。


  冬の陽だまり、ほかほかと。
  時折 見交わす視線でもって、
  ますますのこと暖め合って。
  ホントの春がじんわりと訪のうまでを、
  お互いのお顔見て過ごす、
  ほこり暖かいお二人だったりするのであった。





   〜Fine〜  2012.02.04.


  *あんなに寒かったのに、
   今日はまた打って変わって
   陽射しだけなら暖かいほうな一日でして。
   そんなして油断させといて、
   すぐにも戻って来るんでしょう?
   判ってるんだからね。
   あっさり騙されてなんかやんない。(…誰へ?)

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